YUMIKO IZU PHOTOGRAPHY

Icarus

「Icarus 」

十数年前にマンハッタンを離れてニューヨーク北部のアップステイトに住み始めた。ハドソン川沿いの森の中での生活を通して、私は周りの自然からたくさんのインスピレーションを受けている。鳥の命の営みもそのうちのひとつだ。

厳しい冬がようやく終わりを告げ、残雪の間から紫のクロッカスが顔を覗かせる頃、冬の間には姿を見せなかった鳥たちが、どこからともなく姿を現わすのを目にする。 早朝から夕方まで休む間もなくさえずる鳥の求愛の歌を聴き続け、やっとそれが終わり一息つくと、今度はいっせいに私の家の周りで巣作りが始まる。森には何千何万という数の樹々が存在するにもかかわらず、鳥は外敵から身を守るためにあえて人間の近くに巣を作るようだ。 我が家の軒下やポーチ、キッチンの前の紫陽花の木やガレージに逆さに吊るされたカヌーの中。ありとあらゆる場所で自然の営みが繰り返されるのを、私は毎日眺めながら暮らしている。

尖ったくちばしに小枝や藁や苔をくわえ、数え切れないほど往復してようやく完成する鳥の巣。残された巣を見てみると、ひとつひとつが違う形や表情を持ち、同じものはひとつとして存在しない。複雑に編み込まれた模様や微妙な曲線、その繊細な造形美に時の経つのも忘れて見入ってしまうことがある。まるで精巧に編まれた物語を読んでいる時のように、見るたびに新たな発見がある。よく観察すると毛糸やビニールの端切れ、ボタンや新聞紙など人工的な素材も使われていることに気づく。馬の毛や蜻蛉や蛾の羽が編み込まれていたり、卵の殻や羽根が落ちていたり、骨や孵らなかった卵がポツリと残っていることもある。

空っぽの鳥の巣や残された羽根を見ていると、私の胸には、かつてそこに存在していた生と死の痕跡が色濃く迫ってくる。親鳥が与えるエサを無心に食べてたくましく成長するひな鳥たち。外敵に襲われて命を落とすひな鳥たち。孵る卵と孵らない卵、飛び立つひなと死んでいくひな。まるで一歩足を踏み外すと真っ逆さまに落ちてしまう空中のタイトロープのように、生と死の境界線はか細く危うい。私はその危うさを、対象に宿る命の記憶を写し取りたいと願った。

「ICARUS 」シリーズは、11x14インチの大型カメラで微細に表現された鳥の巣と、カメラを使わないフォトグラムという手法で写された羽根や巣や鳥のアブストラクトイメージの二部構成で成り立っている。